ふしきせぼの:第6レース はてしない(1998.12)

「君はその馬生の中で、「刹那」という言葉の響きについて、思いを巡らせたことはあるか。」

なにかの一節。
「ある」と、僕はしばらく考えた後噛み締めるように首を縦に振ってみた。

もうすぐこのゴウシュウの地を去る、と聞く。真夏のサンタクロースに逢えるのかどうかはよくわからない。
サンタの服を着てみたい、と、3歳のときに思ったことがなかったわけではない。

それにしても、どこに、何に、誰に、思いを寄せるのか。自分にとって大切なのは誰なのか。何なのか。
気がついたら走っていて、気がついたら青春はシゴトに変わっていった。ちょっとした「振り返ることのできる時間」に、いっぱいモノを考えすぎる。

...日本は、北は、雪だろうか。ヤツは何も考えないで雪食ってるのだろうか。

「キセキ先輩」
「え?雅彦が車壊したって???」
「...というーか...」
「大丈夫だったのか?その車...」
「なんかうちの親父と驚き方が違いますね」
「うちの親父って俺の親父?」
「そう(^^;)兄がたまにご迷惑かけてます...」
「名前は?」
チョウカイリョウガといいます。母はポインテッド...」
「あ。スターパスの弟ね。わかったわかった」
雅彦(本名はノボマーチャン)が車と接触事故、というのはこの前聞いた。雅彦も車も無事だったようで良かった。
「...キセキ先輩。兄から何か聞いてます?どうも、福島から帰ってきた先輩によると、兄...(^^;)」
「そこまで言わんでよろしい」

パスには聞かないでもなかった。
「どぉせ、弟はさんでぇだよぉ」と、僕の姉みたいな台詞と、それと、もうひとつ。
「キセキさん、牡馬せん馬限定レースというのには勝ったことあったんですよね」
「うむ」朝日杯がそうだ。
「どうでした?オンナノコがいないの」
「...そのときはシゴトだから、わからない」パスは何言ってるんだという顔をした。
「...秋華賞に登録してほしい、と、思ってるんだけど、先生が首を縦に振らないんだ」
「?」
「登録してはねられるんだったら、いいんだけど...」
「...え?それはまずいんじゃないのか、お前...。」
「...ずるいよ、牝馬限定レースなんて...。」
「...お前、まさか...?」
「...」パス、目に涙はためるは、顔は赤くなるは、収拾つかない。
「女の話だったら俺じゃないほうがいい。悪いこと言わないから、俺の友達に相談したほうがいいと思う。日本にいるんだしさぁ。栗東帰るついでに寄っていったら?」
「...(ふ)わかりました...」
本当に手のかかるお坊ちゃまである。スターパスのやつ。(注:キセキに言われてどうする)

「キセキ...よかったね、車もマーチャンも無事で」
「?」
「林檎送ったよ。帰る前に食べたり牧場の人とかコアラとかに分けてあげて」
アケボノ...(^^;)
「そう、昨日ね、ロイがうちに寄っていったんだ。香港行くんだって。」
「...楽しそうだね」
言ってからちょっとだけ後悔した。
「あ、アケボノ。パス夫からなんか連絡あった?」
「...それは、やめろっていったんだけどなぁ...」
「え??」
「つのちゃんに手紙を渡してもらうんだってさ」
「?」
「あとね、僕どうしても答えられないことがあったんだ。パス君、悩んでたんだけどサ...」
「?」
「自分より体格のいいオンナノコを好きになったときの切なさなんて、アケボノさんわからないですよね...、って言ったんだ。パス君。なんて答えたらいいのか...。」
「?」
「それからさ、今回はつのちゃんに手紙を渡してもらうっていっただけで、つのちゃんが僕のこときらいなのかなぁとかは言わなかったんだ」
「...ちょっとだけおとなになったのかなぁ」
「でも...手紙渡そうと思ってお願いしたら、つのちゃんに「俺にそんなこと頼むかなぁ」と言われて、ちょっと落ち込んだんだって」
「...で?」
「...ぼくも白いオンナノコはすきなんだよ。ダーリン先輩にはかわいがってもらったし、バーリンちゃん今でもすきだし。と、パス君も頑張るんだよ、気持ちを素直に伝えるんだよ、と、答えたんだ。」
「足蹴芦毛のオンナノコね...」

「キセキもうすぐ帰ってくるの?」
「たぶん帰るんだと思う」
「こっちは雪だよ...寒いから気をつけるんだよ」

...愛というコトバのいとおしさを思う。パスが前に進んでればいいのだろうなと思いつつ、まだ見ぬ芦毛牝馬のことを想う。(←誰だ?)